2010年3月アーカイブ
2010年3月21日
イタい選曲ナイト B面
いつまでも本気でイタい曲がトップに並んでるのもどーかなーとおもったので。
いまでも俄然冷静に聴けるB面。
わたしが初めて買ったCDの記憶をいまから捏造するなら、ぜったい川本真琴にする。そしてそこから怒涛の流れで岡村靖幸ファンになって、一喜一憂の青春時代を送りたい。
いまでも俄然冷静に聴けるB面。
わたしが初めて買ったCDの記憶をいまから捏造するなら、ぜったい川本真琴にする。そしてそこから怒涛の流れで岡村靖幸ファンになって、一喜一憂の青春時代を送りたい。
2010年3月18日
イタい選曲ナイト
DOMMUNE帰りの高揚した気分を奈落の底へとつきおとす、イタい選曲ナイトの開演です。
先日、私の初めて買ったCD、Every Little Thing「出逢った頃のように」ですよ、イタタタタ、という話をしていた際に
「初めて買ったのレコードなんだが」
「E.L.Tなんて超最近じゃん」
「え、タムラさんて、同年代だとおもってた」
という反応を、ドボク諸先輩より次々いただいた。
何を隠そう、隠してないけど、わたくし、1984年生まれであります。
『風の谷のナウシカ』劇場公開の年ね。
ここで「ええっ!!」とおもうか「ふーん」とおもうか。
そんなわけできょうの選曲がドツボにハマった方はたぶん同世代。
ドボク新世代(?)として一緒にがんばりましょうぞ。
1曲目 FIELD OF VIEW 「突然」
ナツメロや名曲ではなく「ヒット曲」として認識している1曲目。
2曲目 DEEN 「ひとりじゃない」
3曲目 WANDS 「錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう」
ぜんぶドラゴンボールのエンディングになりそうなのでこのへんにしておく。
4曲目 YEN TOWN BAND 「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」
「90年代 NOT DEAD 派」
5曲目 SIAM SHADE 「1/3の純情な感情」
タイトル、「あの有線っぽさとはなにか」とかでもよかった。
6曲目 H Jungle With T 「Going Going Home」
いろんなことがありましたなぁー。
7曲目 19(ジューク)
おお、こんなところでヤバ景PV!キリンさん!
8曲目 Something Else 「ラストチャンス」
白状したまえ、このバンドの存在、みんな忘れていなかったか!
9曲目 ペニシリン「ロマンス」
10曲目 Shazna 「Melty Love」
ビジュアル系はもう、おもしろすぎてとまらなくなるのでここまでにします。
ああ思い出の中学生時代。
ちなみに私が全中学時代をささげたバンドがこちら。
うおおおおおおおおおおおおおお。
個人的にあらゆる意味でイタすぎるのだが、たぶん誰も知らなくて「???」だとおもう、それも含めてイタいわ...でもyoutubeのコメントみると、まだ好きなひとがたくさんいるようで、とりあえず、なんというか、よかった。
典型的な、イケてない、地方の女子中学生でありました、セーラー服でね、スカート丈長めで。まだ眼鏡はかけてない。
一転、 ロックにささげた高校時代の封印はまだ解いていないのでまた後日。
先日、私の初めて買ったCD、Every Little Thing「出逢った頃のように」ですよ、イタタタタ、という話をしていた際に
「初めて買ったのレコードなんだが」
「E.L.Tなんて超最近じゃん」
「え、タムラさんて、同年代だとおもってた」
という反応を、ドボク諸先輩より次々いただいた。
何を隠そう、隠してないけど、わたくし、1984年生まれであります。
『風の谷のナウシカ』劇場公開の年ね。
ここで「ええっ!!」とおもうか「ふーん」とおもうか。
そんなわけできょうの選曲がドツボにハマった方はたぶん同世代。
ドボク新世代(?)として一緒にがんばりましょうぞ。
1曲目 FIELD OF VIEW 「突然」
ナツメロや名曲ではなく「ヒット曲」として認識している1曲目。
2曲目 DEEN 「ひとりじゃない」
3曲目 WANDS 「錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう」
ぜんぶドラゴンボールのエンディングになりそうなのでこのへんにしておく。
4曲目 YEN TOWN BAND 「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」
「90年代 NOT DEAD 派」
5曲目 SIAM SHADE 「1/3の純情な感情」
タイトル、「あの有線っぽさとはなにか」とかでもよかった。
6曲目 H Jungle With T 「Going Going Home」
いろんなことがありましたなぁー。
7曲目 19(ジューク)
おお、こんなところでヤバ景PV!キリンさん!
8曲目 Something Else 「ラストチャンス」
白状したまえ、このバンドの存在、みんな忘れていなかったか!
9曲目 ペニシリン「ロマンス」
10曲目 Shazna 「Melty Love」
ビジュアル系はもう、おもしろすぎてとまらなくなるのでここまでにします。
ああ思い出の中学生時代。
ちなみに私が全中学時代をささげたバンドがこちら。
うおおおおおおおおおおおおおお。
個人的にあらゆる意味でイタすぎるのだが、たぶん誰も知らなくて「???」だとおもう、それも含めてイタいわ...でもyoutubeのコメントみると、まだ好きなひとがたくさんいるようで、とりあえず、なんというか、よかった。
典型的な、イケてない、地方の女子中学生でありました、セーラー服でね、スカート丈長めで。まだ眼鏡はかけてない。
一転、 ロックにささげた高校時代の封印はまだ解いていないのでまた後日。
2010年3月15日
地下鉄エスカレーターの旅(1) 北千住駅
「短いエスカレーターが好きだ」という記事を書いたばかりだが、長いエスカレーターも、長けりゃいいってわけでもないけど中には名作があるのもまた事実である。そんなわたしが持ち歩いている地図はというと、今はもっぱらこれだ。
のりかえ駅全駅の立体図つきで、わたしにとっては「地下鉄の長いエスカレーターガイド」。大変に便利。
たとえば、北千住駅。
ながーーーい!
これは、観に行かねば!
というわけで早速、行ってみた。
千代田線から日比谷線への乗り換え通路上。地図持ってるので迷わない。こういう出会い方も素敵だ。
そしてその先は、見事なエスカレータートンネルだった! いいねぇ。
もう一方は2車線で。ずんずんくだるぜ。
そしてまたのぼるぜ!途中ちょっと見晴らしのいい箇所をガラス張りにしてくれる心遣いが素敵。東京駅中央線ホームの名作トンネルを彷彿とさせる。
窓の先には、電車とエスカレーター。
地下鉄って、たのしいなぁ。
のりかえ駅全駅の立体図つきで、わたしにとっては「地下鉄の長いエスカレーターガイド」。大変に便利。
たとえば、北千住駅。
ながーーーい!
これは、観に行かねば!
というわけで早速、行ってみた。
千代田線から日比谷線への乗り換え通路上。地図持ってるので迷わない。こういう出会い方も素敵だ。
そしてその先は、見事なエスカレータートンネルだった! いいねぇ。
もう一方は2車線で。ずんずんくだるぜ。
そしてまたのぼるぜ!途中ちょっと見晴らしのいい箇所をガラス張りにしてくれる心遣いが素敵。東京駅中央線ホームの名作トンネルを彷彿とさせる。
窓の先には、電車とエスカレーター。
地下鉄って、たのしいなぁ。
2010年3月 5日
ニコルソン・ベイカー『中二階』―エスカレーターが好きということ
中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
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ニコルソン ベイカー
白水社
売り上げランキング: 105686
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この1週間、鞄にこの本が入っていて、続きが読めることを本当に幸福に思いながら過ごした。
高架橋脚ファンクラブでも大変お世話になっている@errieさんに教えていただいた、エスカレーター小説。ぜったい好きなはずだから読むようにということで、すぐにamazonでぽちり。
ぽちりとした時点では、表紙を見て、「わははたしかにエスカレーター小説w」てなノリで、「エヴァンゲリオン破にでてくるネルフのカフェテリア(っぽいところ)のエスカレーターやべえ!ぜったい庵野監督エスカレーター好き!」ってくらいのかんじで、思ってたのだ、さいしょは。正直なところ。だって、リアル世界で、仕事関わりなく「エスカレーターが好きです」(エレベーターではなく。ここ重要。)っていうひとに、いままで5人しか会った(あるいはコメントなりメールなり頂いた)ことないのだ。高架橋脚ファンクラブの会員が112人いる、この21世紀の日本で、である。ニッチだのマニアな趣味だのなんだのみんな言うが、「ほかにやってるひとがいない」という点で言ったらエスカレーターファンは十分に誇っていいものがあるとおもう。
そんな中で、だ。 ニコルソン・ベイカー氏、そしてこの小説の語り手は、紛うことなきエスカレーターファン、だったのだ。それも、大ファン。むしろ、私より詳しいし、私より好きだ。
まずはその内容からご紹介したいのだが、内容にしても、「語り手がエスカレーターに向かって足を踏み出すところで始まり、エスカレーターを降りて中二階に立つところで終わる」(訳者あとがきより)。その間、日常の様々な事柄、ストローについてや、靴ひもについて、バンドエイドについて、などなど、目につくあらゆるものに関する細かな観察と膨大な註によって、物語は進行していく。
その、微に入り細に入りぶりに、まず恐れ入るのであるが、その註は「作者の観察っぷりがすごい、これまでこんな小説読んだことない」という点(やったもんがち、と表現するひともいたが)以上に、後半でたとえば「製氷機のあの仕切のように」といったちょっとした比喩がつかわれた一文のなかに、「製氷機のあの仕切」に関するそれ以前の部分での詳細な観察による圧倒的に豊かな情景がぶわっと広がって、読めば読むほど、「小説」としてもかなり優れた世界観を構築しているとおもう。
エスカレーターに特別思い入れのない方にも俄然オススメな1冊であり、いままで全く知らなかったのでオススメしてくださったerrieさんに感謝。
そして、ここからはものすごく個人的な話なのだが、私が驚嘆し、感動してしまった点、それが、ベイカー氏、そしてこの物語の語り手のエスカレーター偏愛眼のすさまじさ。この本には、そのほかのものへの偏愛もやたらと語られるのだが、エスカレーターについては格別。その形の独自性(『二つの積分記号∫』)、ステップと手すりの速さがずれること、エスカレーターに立ち止まって乗るか歩くかは結局のところエスカレーターを愛していればどっちでもよくなること、「エスカレーターの手すりを掃除する」という行為の合理性と美しさについて、などなど、共感で小説の良さを語ることはしたくないがこればっかりは仕方がない。よくぞ、書いてくれた。という気持ちでいっぱい。
抜き出しているときりがないのでひとつだけ、引用する。
この箇所が、特別すごかったのは、私自身、「なんでエスカレーター好きなんだっけ...」ということはよく覚えていないし、なんでだかよくわからない、ジェットコースターとかが好きだったんだっけ? なんて思っていたのだが、ここを読んだ時、はっきり思い出したのだ。私がエスカレーターが好きな理由を。こんなひとが世界にもうひとり存在して、そして小説を書いていて、それを私が読んでいるって、なんかものすごいことなんじゃないか。どうしようか。
「たしかに、私がエスカレーターに乗るときに感じる喜びの何割かは、それがいまだに呼び覚ます子供時代の思い出と密接につながっているのは事実だ。たいていの人は、子どもの頃ボートや電車や飛行機が好きだったと思うが――そしてもちろん、私もそれらは好きだったが――私はもっと小規模な輸送システムのほうに興味があった。たとえば空港の手荷物運搬システム(中略)ビー玉がジグザグの滑り台を転がっていく玩具。オリンピックのリュージュやボブスレーの走路。クリーニング店の回転式ハンガーラック(中略)。――エスカレーターには、これらと通じあう魅力があったが、ただ一つ違っていたのは、エスカレーターだけは、実際に乗ることができるという点だった。」
ただ、語り手はそのあとこう語る。
「そこで私は決心した――これからは、自分のであった驚きや喜びを語るのに、あの遠くを見るような目は二度とすまい、それが子供の頃に発見した驚きや喜びであろうとなかろうと、そんなことは関係ないのだ、と。」
わたしもまさしくそう思う。私は私の小さい頃の思い出によろうとよるまいと、エスカレーターが好きで、それは常に新しい発見を私にもたらすもので、だからこそ愛しているのだ。
うん。
2010年3月 4日
わたしが大学で学んだこと―そういえば文法マニアだった
大学では「美学藝術学」という研究室にいた。奥が深い学問なので、4年でさっさと卒業する学部生なんぞはハナから相手にされてない感じがぷんぷん。隣は文化資源学という新しくできた大学院のみの研究室で、木下直之先生が生まれたての研究室で実験的なことを様々行っており、いまおもうとすごくおもしろかったとおもうんだけど、こちらにも特に深入りすることもなく。
総じて私が大学で受けた授業に対する感想はといえば、なんかよくわかんなかったなー、ということ。授業はたしかにおもしろくあるんだが、学問としてつきつめていくの、難しかったし向いてなかった。ただ、「知識っていうのは、実生活にぜんぜん役に立たなければ立たないほど奥が深くておもしろい」という、けっこう今後の人生を支配する価値観が自分の中に定着してしまったとはおもう。
一番おもしろかった授業は、何だろう、教養学部で一瞬だけとった土木の授業もおもしろかった、小説を書く授業もあったし、菊地成孔ゼミの単位を現役で取得していることも自慢だ、うーん、と考えていたら、衝撃の事実に行きあたったのだが、私が熱中していてかつ成績もよかった授業、それは、語学である。
大学の語学といったら、「いかに手抜きをしつつきっちり単位を取得するか」に関する情報が最ももてはやされる分野だ。教えるほうにしても、研究のための基礎でしかない語学の授業がいちばん楽しかった、なんていうのは、よくいわれるところの大学入ることが目的になっててなにも学ばなかった若者の代表例みたいな感じで、いままで秘密にしていたんだが、思い返すとたしかにそうなのだ。
特に、「原典講読」という重い必修がとても楽しかった。18世紀とか19世紀とか紀元前とかの、日本語で読んでもよくわからないテキストを原典(英語とかフランス語とか古典ギリシャ語)で読む、語学嫌いな人には鬼のような必修で、それを嬉々として必要コマ数以上に、いっぱいとってた。あれは本当にたのしかったのだが、さらに衝撃的なことには、何を読んでたかさっぱり思い出せない。美に対する考え方ではどちらかというと、ドイツ人に共感していたので、原典講読のフランス語は、ほんとうに純粋に、フランス語の美しさに酔いしれる時間だった。好きすぎて、自由選択のフランス語(第三外国語でとるひとのためのだ)を4年になってからもとって、テストで100点とったりもしてたので、得意でもあったとおもう。
かといってフランスの作家ほとんど知らない(さ、サガンとか??)から仏文科の授業はほとんどとらなかったし、アテネフランセにもしばらく行ってみたけどしゃべれるようにも全くならなかった。
だれにも理解されないところだが、私は文法の学習というのがもう、この世にある学問の中では一番好きなのだ。愛してると言ってもいい。文法を学習して、英語やフランス語や古文や漢文や古典ギリシャ語や、はじめはよくわからない文字列を分解したり並べ直したり「これは仮定法過去だ!」とハマったときの楽しさとか。仮定法過去、愛してるわ―。「傘を持って出かけていたなら、濡れなかっただろうに」とか。
去年ニューヨークで1週間ホームステイしたときは、仮定法過去どころかロクに完了形もつかえない自分と、仮定法過去の存在すら知らないホストのお母さんに衝撃を覚えたものだが、そんな中でフランス語は、フランス語のこまかーい文法をきちんと知っていてつかえることが、かなり多くのフランス人に美徳として受け取ってもらえる言語なので、もう、フランスに住もうかな、てくらいはまった。フランス人に対して、流暢な英語で話しかけてしまった時の場違いぶりよ!たどたどしくも正しい半過去で質問したときの親切っぷりよ!そして、19世紀のフランス語原典の、あのめちゃくちゃな文法こんがらがりぶりよ!あー、またひっぱりだしてきて、ほどきなおしたい。
いまはOLとしてエクセル関数に少しのめりこんでいるくらいで、この文法マニアとしての技能がどこで発揮できるかというと、まぁ、発揮するポイントはほぼないのだが、そういった、反復演習というようなものに、どうしようもなくハマってまぁまぁ極めたりするタチなのだということはよく覚えておいて、ここぞというときの自分の特技にできるようにしておこう。
総じて私が大学で受けた授業に対する感想はといえば、なんかよくわかんなかったなー、ということ。授業はたしかにおもしろくあるんだが、学問としてつきつめていくの、難しかったし向いてなかった。ただ、「知識っていうのは、実生活にぜんぜん役に立たなければ立たないほど奥が深くておもしろい」という、けっこう今後の人生を支配する価値観が自分の中に定着してしまったとはおもう。
一番おもしろかった授業は、何だろう、教養学部で一瞬だけとった土木の授業もおもしろかった、小説を書く授業もあったし、菊地成孔ゼミの単位を現役で取得していることも自慢だ、うーん、と考えていたら、衝撃の事実に行きあたったのだが、私が熱中していてかつ成績もよかった授業、それは、語学である。
大学の語学といったら、「いかに手抜きをしつつきっちり単位を取得するか」に関する情報が最ももてはやされる分野だ。教えるほうにしても、研究のための基礎でしかない語学の授業がいちばん楽しかった、なんていうのは、よくいわれるところの大学入ることが目的になっててなにも学ばなかった若者の代表例みたいな感じで、いままで秘密にしていたんだが、思い返すとたしかにそうなのだ。
特に、「原典講読」という重い必修がとても楽しかった。18世紀とか19世紀とか紀元前とかの、日本語で読んでもよくわからないテキストを原典(英語とかフランス語とか古典ギリシャ語)で読む、語学嫌いな人には鬼のような必修で、それを嬉々として必要コマ数以上に、いっぱいとってた。あれは本当にたのしかったのだが、さらに衝撃的なことには、何を読んでたかさっぱり思い出せない。美に対する考え方ではどちらかというと、ドイツ人に共感していたので、原典講読のフランス語は、ほんとうに純粋に、フランス語の美しさに酔いしれる時間だった。好きすぎて、自由選択のフランス語(第三外国語でとるひとのためのだ)を4年になってからもとって、テストで100点とったりもしてたので、得意でもあったとおもう。
かといってフランスの作家ほとんど知らない(さ、サガンとか??)から仏文科の授業はほとんどとらなかったし、アテネフランセにもしばらく行ってみたけどしゃべれるようにも全くならなかった。
だれにも理解されないところだが、私は文法の学習というのがもう、この世にある学問の中では一番好きなのだ。愛してると言ってもいい。文法を学習して、英語やフランス語や古文や漢文や古典ギリシャ語や、はじめはよくわからない文字列を分解したり並べ直したり「これは仮定法過去だ!」とハマったときの楽しさとか。仮定法過去、愛してるわ―。「傘を持って出かけていたなら、濡れなかっただろうに」とか。
去年ニューヨークで1週間ホームステイしたときは、仮定法過去どころかロクに完了形もつかえない自分と、仮定法過去の存在すら知らないホストのお母さんに衝撃を覚えたものだが、そんな中でフランス語は、フランス語のこまかーい文法をきちんと知っていてつかえることが、かなり多くのフランス人に美徳として受け取ってもらえる言語なので、もう、フランスに住もうかな、てくらいはまった。フランス人に対して、流暢な英語で話しかけてしまった時の場違いぶりよ!たどたどしくも正しい半過去で質問したときの親切っぷりよ!そして、19世紀のフランス語原典の、あのめちゃくちゃな文法こんがらがりぶりよ!あー、またひっぱりだしてきて、ほどきなおしたい。
いまはOLとしてエクセル関数に少しのめりこんでいるくらいで、この文法マニアとしての技能がどこで発揮できるかというと、まぁ、発揮するポイントはほぼないのだが、そういった、反復演習というようなものに、どうしようもなくハマってまぁまぁ極めたりするタチなのだということはよく覚えておいて、ここぞというときの自分の特技にできるようにしておこう。
2010年3月 3日
橋脚たちの聖地、羽田D滑走路の見学に行ってきたよ
前々から大注目している羽田D滑走路。2月某日、土木学会と『社会科見学に行こう!』の小島健一さんらによって羽田D滑走路の見学会が催されるようである、しかし定員少なめ、という噂を聞きつけ、どうしても行きたかったのでこっそり申し込み、こっそり行ってきた。
こっそりのつもりだったのだが、土曜の朝9時というすばらしい集合時間に品川まで赴いてみれば、高架橋脚ファンクラブの会員の皆様6名くらいに遭遇。いやぁどうもどうも、そりゃきますよねー。いやきょうはわたしはどちらかというと飛行機オタクとして来てまして...とか、そこはもう気心しれた挨拶をかわすわけだが。
この先待ち受けていたものに、ファンクラブ会員一同、ぜんいんで一気に腰を抜かす事態に!!
より大きな地図で 羽田D滑走路見学会 を表示
この日のGPSログ。海の上。
白状するとわたし、この日まで知らなかったのだが、D滑走路は西側が桟橋構造、東側が埋め立て構造という超特殊な工法によってつくられている。
というのも、D滑走路は既存のB滑走路と平行になるようにつくられているのだが、これ以上東に延びると東京湾の第一航路をふさいでしまって無理。かといって西に延びると多摩川河口をふさぐ。そこで、西に延びて多摩川の流れを遮らないよう、西側半分を桟橋構造にすることになったのだ。すごいでしょう。
後半のトークイベント時のスライドより。平面での制限もさることながら、「大型船の運航」と「飛行機の離着陸」が衝突しないようにという高さでの制限なんかもあり、もう、しっちゃかめっちゃか。文系ならここで投げ出す。いわば土木界の微分積分だ。っていうたとえが完全に文系だ。
いままでわたしが大喜びで観に行っていたのは、西側の桟橋構造部分。これは、現在の羽田空港の最南端にある「D滑走路展望台」からみたところ。
ジャケットだけでも超デカくて(作業員の方いわく、『ひとつひとつがちょっとしたビルぐらい』)、千葉で作られたりしていた。これは、千葉港のあすなろ号に乗った時みたやつ。
そして3回目の遭遇は偶然にもこの見学会の前の週。多摩川河口クルーズに参加したときに一番西側の側面を観て、「近い!」とひとりで大騒ぎ。

近い!かっこいい!!
D滑走路展望台で本日の見学コースの説明を受け、再びバスに乗り込み、いざ、既存滑走路とのつなぎ部分、連絡誘導路を渡る。
飛行機が渡る橋だーー!と一同ものすごく興奮。特に国道熱中人であられるところの松波さん(高架橋脚ファンクラブ会員No.30!!)の切るシャッター音の鳴りやまななさがすごい。最初からぜんぜん落ち着いてない。
渡った先でバスを降りると、こんなすばらしい見学台が。
うおおー広いぜ!
超でっかいクレーンの奥に
埋め立て部分が見える。こうしてみると、桟橋部分との構造、質感の違いがまるわかりで、この先一生私はD滑走路で離着陸するたびに、「あ、いま構造境界を踏み越えました!」とひとり実況することになるであろう。
見学台でぐるっとひとまわりすると、先ほど渡ってきた連絡誘導路部分。
この連絡誘導路の橋脚も、半分ステンレスですごくかっこいいナァなんて思っていたのだが
なんと!あろうことか!そこをくだるんですか!!いいんですか!!なんか手すりとかなくてすごい場所ですけど!
降りた先に広がっていたのは、橋脚たちの聖地。
(クリックで拡大しますがパノラマのつなぎ目に無理があります)
あまりの驚きに橋脚ファンクラブ会員一同、「船を出そう、船を。」だとか、「ここに住みたい。」だとか、むちゃくちゃな絶賛の嵐。
ブログでこんなこと書く人ってほんとうに意地悪、きらい。と常々思っていることを書くが、あのすごさは、行ってみないとわからない。主催側の方からの「見学会、完成前にもう一度、できたらいいね」というお言葉をキャッチしたし、連絡誘導路は一般の船舶が行き来できる高さにしてあると聞いたので、またの機会には皆で行こうではないですか。いざとなったら高架橋脚ファンクラブで船をチャーターするぞ。
死ぬまでに一度はみたほうがいい風景。文句なしの聖地に認定。
荒涼の大地だが、海の上。
繰り返すが、海の上だ。この大地をつくるためには毎日1万台のトラックが千葉から土を持ってきている計算になるという。そして千葉のトラック総台数は7,000台だという。どゆこと。
だばだばだばー
あの赤い素敵な誘導灯のトラスを支える橋脚たちもいた
なんかみたことある吉田組のフローティングクレーン。ただし形が変。これはなんと、今回の全部で198基の桟橋ジャケット(繰り返すがこれひとつでビルの高さ)をつりさげる用にカスタマイズされたものなのだそうだ。で、他に特に使い道がないので、またもとに戻すしかないかも、なんだそうだ。うひゃー。
こちらは、埋立部の地盤改良工事の様子。地盤改良は地味だがそれだけで1年間かかる重要な行程。なにせ今回は、埋立部と桟橋部という、まったく違う構造をつなげるので、完成後にちょっと地盤沈下しようもんでも大変なこと。だから、1年かけて、あらかじめ地盤を沈下させておくんだそうだ(注・文系によるざっくりとしたレポートです)。
そしてもうひとつ。「ひえー」とおもったのが、既に稼働している空港の周りでの作業のための苦労。飛行機が飛ぶにあたって、こんなでっかいクレーンが周りをうろちょろしているわけにいかないため、なんとクレーン船が活躍できるのは深夜のみ!ひとしきり作業をしたあと、また待機水域までひきあげなくてはならないんだそうだ。毎日。
...あのね、東京港臨海大橋のあのクレーンのでかさを目撃してる私からして、こんな船がこんないっぱい一度に「解散!」てことになったら、どれだけ大変かってね...むしろ想像が全然つかないくらいですよ!
わかりやすいところでいうと、ほんとは飛行機飛ばない時間なのに某政府要人のフライトスケジュールが変更になって、さぁ船どうする...ていう事態が生じたり、ハプニングの絶えない現場。
そこで私がいちばん「はっ!」としたのは、説明してくださった現場の方の、
「トラブルがあってこそ、仕事はたのしいんですよ!」
というひとこと。
私がトラブル連続で疲弊している状態で上司にいわれたりしたら「きれいごと」とも捉えてしまいかねないひとことなんだが、ここまでの超絶苦労を、おもしろおかしく興奮気味で語ってこられた作業員の方から聞いて、目からウロコ、の状態であった。
お金じゃ絶対に解決できないトラブルの連続を乗り越えて、でもはっきりと決まっているゴールに向かって確実に全員一丸となって、そしてこの先100年使い続けるものを作る。私の今の気楽な仕事とは完全にかけ離れた世界だが、そんな仕事だからこそ、得られるものの大きさっていうものも、きっと私には想像つかないくらいなんだと思う。
若者たちよ。土木どうだい。
完成を楽しみにしてます!
こっそりのつもりだったのだが、土曜の朝9時というすばらしい集合時間に品川まで赴いてみれば、高架橋脚ファンクラブの会員の皆様6名くらいに遭遇。いやぁどうもどうも、そりゃきますよねー。いやきょうはわたしはどちらかというと飛行機オタクとして来てまして...とか、そこはもう気心しれた挨拶をかわすわけだが。
この先待ち受けていたものに、ファンクラブ会員一同、ぜんいんで一気に腰を抜かす事態に!!
より大きな地図で 羽田D滑走路見学会 を表示
この日のGPSログ。海の上。
- 羽田D滑走路ってなーに?
白状するとわたし、この日まで知らなかったのだが、D滑走路は西側が桟橋構造、東側が埋め立て構造という超特殊な工法によってつくられている。
というのも、D滑走路は既存のB滑走路と平行になるようにつくられているのだが、これ以上東に延びると東京湾の第一航路をふさいでしまって無理。かといって西に延びると多摩川河口をふさぐ。そこで、西に延びて多摩川の流れを遮らないよう、西側半分を桟橋構造にすることになったのだ。すごいでしょう。
後半のトークイベント時のスライドより。平面での制限もさることながら、「大型船の運航」と「飛行機の離着陸」が衝突しないようにという高さでの制限なんかもあり、もう、しっちゃかめっちゃか。文系ならここで投げ出す。いわば土木界の微分積分だ。っていうたとえが完全に文系だ。
いままでわたしが大喜びで観に行っていたのは、西側の桟橋構造部分。これは、現在の羽田空港の最南端にある「D滑走路展望台」からみたところ。
ジャケットだけでも超デカくて(作業員の方いわく、『ひとつひとつがちょっとしたビルぐらい』)、千葉で作られたりしていた。これは、千葉港のあすなろ号に乗った時みたやつ。
そして3回目の遭遇は偶然にもこの見学会の前の週。多摩川河口クルーズに参加したときに一番西側の側面を観て、「近い!」とひとりで大騒ぎ。

近い!かっこいい!!
- まずは全体像
D滑走路展望台で本日の見学コースの説明を受け、再びバスに乗り込み、いざ、既存滑走路とのつなぎ部分、連絡誘導路を渡る。
飛行機が渡る橋だーー!と一同ものすごく興奮。特に国道熱中人であられるところの松波さん(高架橋脚ファンクラブ会員No.30!!)の切るシャッター音の鳴りやまななさがすごい。最初からぜんぜん落ち着いてない。
渡った先でバスを降りると、こんなすばらしい見学台が。
うおおー広いぜ!
超でっかいクレーンの奥に
埋め立て部分が見える。こうしてみると、桟橋部分との構造、質感の違いがまるわかりで、この先一生私はD滑走路で離着陸するたびに、「あ、いま構造境界を踏み越えました!」とひとり実況することになるであろう。
- 橋脚たちの聖地出現
見学台でぐるっとひとまわりすると、先ほど渡ってきた連絡誘導路部分。
この連絡誘導路の橋脚も、半分ステンレスですごくかっこいいナァなんて思っていたのだが
なんと!あろうことか!そこをくだるんですか!!いいんですか!!なんか手すりとかなくてすごい場所ですけど!
降りた先に広がっていたのは、橋脚たちの聖地。
(クリックで拡大しますがパノラマのつなぎ目に無理があります)
あまりの驚きに橋脚ファンクラブ会員一同、「船を出そう、船を。」だとか、「ここに住みたい。」だとか、むちゃくちゃな絶賛の嵐。
ブログでこんなこと書く人ってほんとうに意地悪、きらい。と常々思っていることを書くが、あのすごさは、行ってみないとわからない。主催側の方からの「見学会、完成前にもう一度、できたらいいね」というお言葉をキャッチしたし、連絡誘導路は一般の船舶が行き来できる高さにしてあると聞いたので、またの機会には皆で行こうではないですか。いざとなったら高架橋脚ファンクラブで船をチャーターするぞ。
死ぬまでに一度はみたほうがいい風景。文句なしの聖地に認定。
- 見学会はつづく
荒涼の大地だが、海の上。
繰り返すが、海の上だ。この大地をつくるためには毎日1万台のトラックが千葉から土を持ってきている計算になるという。そして千葉のトラック総台数は7,000台だという。どゆこと。
だばだばだばー
あの赤い素敵な誘導灯のトラスを支える橋脚たちもいた
- 後半は、土木苦労話、ぶっちゃけ話
なんかみたことある吉田組のフローティングクレーン。ただし形が変。これはなんと、今回の全部で198基の桟橋ジャケット(繰り返すがこれひとつでビルの高さ)をつりさげる用にカスタマイズされたものなのだそうだ。で、他に特に使い道がないので、またもとに戻すしかないかも、なんだそうだ。うひゃー。
こちらは、埋立部の地盤改良工事の様子。地盤改良は地味だがそれだけで1年間かかる重要な行程。なにせ今回は、埋立部と桟橋部という、まったく違う構造をつなげるので、完成後にちょっと地盤沈下しようもんでも大変なこと。だから、1年かけて、あらかじめ地盤を沈下させておくんだそうだ(注・文系によるざっくりとしたレポートです)。
そしてもうひとつ。「ひえー」とおもったのが、既に稼働している空港の周りでの作業のための苦労。飛行機が飛ぶにあたって、こんなでっかいクレーンが周りをうろちょろしているわけにいかないため、なんとクレーン船が活躍できるのは深夜のみ!ひとしきり作業をしたあと、また待機水域までひきあげなくてはならないんだそうだ。毎日。
...あのね、東京港臨海大橋のあのクレーンのでかさを目撃してる私からして、こんな船がこんないっぱい一度に「解散!」てことになったら、どれだけ大変かってね...むしろ想像が全然つかないくらいですよ!
わかりやすいところでいうと、ほんとは飛行機飛ばない時間なのに某政府要人のフライトスケジュールが変更になって、さぁ船どうする...ていう事態が生じたり、ハプニングの絶えない現場。
そこで私がいちばん「はっ!」としたのは、説明してくださった現場の方の、
「トラブルがあってこそ、仕事はたのしいんですよ!」
というひとこと。
私がトラブル連続で疲弊している状態で上司にいわれたりしたら「きれいごと」とも捉えてしまいかねないひとことなんだが、ここまでの超絶苦労を、おもしろおかしく興奮気味で語ってこられた作業員の方から聞いて、目からウロコ、の状態であった。
お金じゃ絶対に解決できないトラブルの連続を乗り越えて、でもはっきりと決まっているゴールに向かって確実に全員一丸となって、そしてこの先100年使い続けるものを作る。私の今の気楽な仕事とは完全にかけ離れた世界だが、そんな仕事だからこそ、得られるものの大きさっていうものも、きっと私には想像つかないくらいなんだと思う。
若者たちよ。土木どうだい。
完成を楽しみにしてます!
2010年3月 2日
番号が書いてあると橋脚にみえる
銀座線の上野駅ホームに立つたびに「橋脚!」ておもう。ちがうんだけど。
そんな橋脚ラブの会長と書記長がはるばる茅ヶ崎でみなさんをつれまわす、高架橋脚ファンクラブツアー、残席僅少!と、いうか、ぶっちゃけあと1枠!迷っている方はお急ぎくだされ。
ツアーまでしばらく、高架橋脚機運をさらに高めるべく、高架橋脚マニアック記事を書いていきたいとおもいます。
そんな橋脚ラブの会長と書記長がはるばる茅ヶ崎でみなさんをつれまわす、高架橋脚ファンクラブツアー、残席僅少!と、いうか、ぶっちゃけあと1枠!迷っている方はお急ぎくだされ。
ツアーまでしばらく、高架橋脚機運をさらに高めるべく、高架橋脚マニアック記事を書いていきたいとおもいます。
2010年3月 1日
丸ボディとスクエアレールの街、松戸
初めて訪れた松戸駅前で、素敵なエスカレーターを探す旅。
東口のプラーレ松戸は、駅側からは1階と2階のペデストリアンデッキに入口があるのに、反対側の入り口はなんと5階でびっくりした。相模台のすぐ脇に建っている様子。
イトーヨーカドーの入るビルにありがちな雑多なフロア構成に、いきなり宝塚っぽいエスカレーター裏。
そして、王道エスカレーターの宝庫、ダイエーを西口に確認。
さすがダイエー。やっぱりね、の、丸ボディ、赤ベルト。
伊勢丹松戸店。伊勢丹がある時点でいつも「負けたナァ...」とおもう、裏日本出身。「平屋じゃないスーパー」も金沢にはほぼないんだけれど。
ここの手すりは渋い、いい色ですよ。
丸ボディを2基も収集でき、大満足で帰ろうとおもったら、最後の駅ビルで。
ここは丸ボディではないのだが
でた!探訪史上2基目のスクエアレール!地味に珍しい。
隣のホームからなのでわかりづらいが、駅からばっちり確認できるのだ、このスクエアレール。
その日のtwitterに「丸ボディとスクエアレールの街、松戸」と書いてあった。
いい街だ。松戸。
ところで。
なんで松戸に行ったのか?
というのは既に去年のできごとになってしまっているが、いつか書く予定。
東口のプラーレ松戸は、駅側からは1階と2階のペデストリアンデッキに入口があるのに、反対側の入り口はなんと5階でびっくりした。相模台のすぐ脇に建っている様子。
イトーヨーカドーの入るビルにありがちな雑多なフロア構成に、いきなり宝塚っぽいエスカレーター裏。
そして、王道エスカレーターの宝庫、ダイエーを西口に確認。
さすがダイエー。やっぱりね、の、丸ボディ、赤ベルト。
伊勢丹松戸店。伊勢丹がある時点でいつも「負けたナァ...」とおもう、裏日本出身。「平屋じゃないスーパー」も金沢にはほぼないんだけれど。
ここの手すりは渋い、いい色ですよ。
丸ボディを2基も収集でき、大満足で帰ろうとおもったら、最後の駅ビルで。
ここは丸ボディではないのだが
でた!探訪史上2基目のスクエアレール!地味に珍しい。
隣のホームからなのでわかりづらいが、駅からばっちり確認できるのだ、このスクエアレール。
その日のtwitterに「丸ボディとスクエアレールの街、松戸」と書いてあった。
いい街だ。松戸。
ところで。
なんで松戸に行ったのか?
というのは既に去年のできごとになってしまっているが、いつか書く予定。

