2011年7月アーカイブ
2011年7月24日
面倒くさい話と面倒くさくない話
2011年7月21日
【7/30~7/31開催】大阪静脈クルーズにまだ空きがある...!今がチャンス!【勝手に告知】
2011年7月10日
夏本番!江戸川区一周船の旅(だったとあとからわかった)
MAIDEN VOYAGE(レンタルボートだからちょっと意味ちがうけど)に
光栄にもおつきあいさせていただくことになり、江戸川区をぐるっと一周してきました。
ツイッターで3日前に「船に乗る夢みた、船乗りたい」と起き抜けの寝ぼけ眼で書いてたら
「乗りますか」と誘っていただいたのが発端。ほんとうにインターネットだいすきよ。
集合場所に行ってみたらば、「今日は1日コースで4時間借りてますんで」とのこと。

「この橋、くぐれますか??くぐれますか???」 「いやまだ余裕ありますよ(茂森橋じゃないんだし)」
「じつはこのまえ、ガード下で車ぶつけちゃって、はっはっは」「...はっはっは!」

「水門くぐりますか!」「水門かっこいい!わーい!」
「うおー、これ、せまいなー、いけるかなー、いけるかなー」「...がんばって、船長!」
など、一部いつもと違うスリルを味わいながら
(嘘です。ぜんぜんいつもと変わらぬ安心感でしたよ、船長!)
船長、快調にとばし、私のいままでの乗船史上もっとも長い旅となりました。
(これもほんとは嘘。いちばん長いのは大阪から瀬戸内海ぬけて釜山行ったとき...若かった...)
なにせそんなこんなで乗るほうは完全に船長まかせの気まぐれコース。
うっわこんな贅沢三昧江戸川区の半島一周(だいぶはみ出し気味)の旅だったのね!!!
とびっくりしてるところです。
あと、川と海の上はもうすっかり夏だった。
GPSロガーからの取り込みからgoogle earthの起動から2時間くらいがんばったけど、いまのところ半分ずつしかgoogle mapに表示できないのでこっち をクリックして、半分ずつみてください...あるいは、このまま後半、この半島をぐるっと一周した、と想像してください。
2011年7月 9日
菊地成孔presents HOT HOUSE に行ってきた
会場はcoredo室町4階の日本橋三井ホール。
はいってみると、オープニングDJ(豪華すぎる...)の沖野修也さんのジャジーで
ムーディーな選曲に合わせてすてきなご夫婦がチークダンスを踊っていて、わぁうっとり。

ドレスアップしてキメた方々がじつに目の保養です。

休憩中。そろそろバンドが始まるよ!
ライブは全部とはいわないものの選り好みせずほとんど行っている私ですが
(ていうのを東京エスカレーターで書いたことはなかったのでもしかして超意外だろうか)
このHOT HOUSEは敷居が高かった!
なにせ第1回は「カップル限定」だし...リンディホップ踊れないとダメみたいだし...
と、諦めていた若者系菊地大ファンなみなさん、
HOT HOUSE マジヤバいっす、楽しいっすよ。
というのをレポートしたくて慣れないライブレポートなんかを書いてみます。
2011年7月 6日
時間が逆に流れるひとたち--内田樹『私家版・ユダヤ文化論』と井上雄彦『リアル』
全国数万人のギャルの皆さん、こんにちは。
もはやそんなのあったか、という感じですが、ギャルのための読書案内コーナー、3回目です。
今回紹介するのは、ここ半年くらい読んだ中で
ぶっちぎり「明日もがんばろう」という気持ちにさせてくれた本、
『私家版・ユダヤ文化論』です。
ネットインテリ界の超人気者、内田樹先生の渾身のユダヤ文化研究本ですが、
ユダヤについて、お勉強というニーズのためだけにあるのはこの本、もったいない。
なぜかというと、この本で紹介されている「ユダヤ的考え方」が、なんというか超かっこいいから!
全ての感情にフタをしていれば傷つくこともないよね
----浜崎あゆみ『Like a Doll』
てな気分の刹那的ギャルの皆さんにはぜひ読んでいただきたいと思うのですよ。
---
「ユダヤ的考え方」とは一言で言うと、
「有責性が罪に先行し、時間が逆に流れる」考え方です。
どういうことかというのを、ものすごーく私なりに説明していきます。
わたしたちの一般的なものの考え方の中では
「罪を犯せば神に罰せられる、善を行えば報われる」というのが基本路線です。
そうすると、
私が今なにをしようとも、あるいは何もしないでボーっとしてても、それは私の自由です。
私は「私が行ったこと」がうまくいったかダメだったかに対してだけ、
責任を持てばいいわけなのです。
なに言ってんだ当たり前じゃん、という話ですが、
ユダヤ的な考え方はこの逆をいきます。逆に時間が流れます。
ユダヤ的思考、ユダヤ的時間の流れ方では、
「人間は不正を犯すより先にすでに不正について有責」です。
「いま、私が、ここにあること」は、当然の権利ではない。
私は常に、必死で、未来にあるべき私に対して、
いま何をすべきかを考え行動しなくてはならない。
なぜなら、そう考え続けることによってしか、今の私は存在しないからです。
うん、そうね、そうできたらいいよね、わかっちゃいるよ?てレベルじゃないんです。
常に教義として、「時間の流れ方」というごくごくあたりまえのこととして、
彼らはそれができてる。ていうことなのよ!!
この隔絶は「すでに存在するもの」の上に「これから存在するもの」を時系列に沿って積み重ねてゆこうとする思考と、「これから存在させねばならぬもの」を基礎づけるために「いまだ存在したことのないもの」を時間的に遡行して想像的な起点に措定しようとする思考の間に穿たれている。別の言い方をすれば、「私はこれまでずっとここにいたし、これからもここにいる生得的な権利を有している」と考える人間と、「私は遅れてここにやってきたので、<この場所に受け容れられるもの>であることをその行動を通じて証明してみせなければならない」と考える人間の、アイデンティティの成り立たせ方の違いのうちに存している。
----『私家版・ユダヤ文化論』P.229
そ、それって...
ユダヤ△!!!!
---
いくら逃げても 逃れられない
どこまで過去は 追いかけてくる
そのうち過去は いつかあたしに
追いついた後 追い越すのかな
----浜崎あゆみ『GUILTY』
---
というわけでなにか盛大に勘違いしているような気もしなくもないながら
「わたしもそのように生きたい」と思って実践してきたここ半年だったのですが、
もうひとつ、そんな自分の気持ちに非常にぴったりくる本がありました。
それが、井上雅彦先生の『リアル』。
言わずと知れた『スラムダンク』の著者である井上先生が、
車椅子バスケの世界に焦点を当てた名作ですね。
なにが言いたいかというとですな、
『リアル』の主人公、野宮朋美、こいつが「有責性が先行してしまった男」なんです。
バスケをやめて学校をやめてふてくされてバイクで事故を起こし、
ナンパして後ろに乗せていた女の子を、一生歩けない体にしてしまった。
うん、いやわかりますよ、先行してないじゃんって。
ばりばり罪を犯して責任感じてるんじゃんって。
「罪深い行為は事実としては決して存在してはならない」て内田先生もはっきり書いてます。
ですがね、彼は、そのばりばり罪を犯してしまった彼女に対してだけじゃなくて
「こんな俺は、なにかしなくちゃいけない、なにかなさなければならない」
ということだけを常に考えてるうちに、もはや、過去は現在を追い越したようにおもうのよ。
だって実際にその女の子になにか言われて始めたことではないし。
いつのまにか、なにかへの罰じゃなく「なにかしなければ」ていう気持ちだけが残って、
彼は時間を逆に生きるようになったのですよ。

「あこがれ女子といっしょに登下校する」
という目標に向かって、持てる才能を武器にただひたむきに時間を積み重ねていくのが、
あのスラムダンクの桜木花道だったと考えると、
彼らの間では、時間の流れ方が逆になっているとおもうのよね。どうよ。
そして、この漫画に登場する車椅子バスケの選手たちは皆、
なんの罪もないのに「なんで、自分が...」と思うような
重い障害を背負ってしまったひとたちです。
だから、みんなそうなんです。時間が逆に流れるひとたちなんです。


これってなんていうか、ちょーーーーー『リアル』!
わたしはユダヤ人ではないし身近に障害を持つひとがいるわけでもないけど
「すげーかっこいい」ってことは感じる。感じまくる。
だからわたしも時間を逆に生きていけたらいいな。
---
どう見られているかなんて重要じゃないの
必要なのは どうあるべきか
――浜崎あゆみ 『identity』



